研究室紹介

芸術学とは?

 芸術ほど、私達の心に深く語りかけるものはないように思います。普段の生活の中で、私達はみんな芸術に接しています。私たちがいつも耳にしている音楽、眼にしている絵画や彫刻、写真、演劇、テレビ、映画、それに詩、小説、或いは漫画やアニメーションも、全て芸術です。また、オリンピック選手の鍛えられた肉体、躍動するプレー、優れた演技、それらもまた全て芸術的といえます。こうした「芸術」に意識的に接していく態度が、芸術学の始まりです。

「芸術」(art)という言葉の語源は、元々古代ギリシアの、自然を模倣する「技術」を表す語に遡ります。18世紀半ばになってから、「美しい」自然を模倣する「技術」という意味が強調され、現在用いられる意味での「芸術」(fine art)という言葉の用法が確立されました。日本で「芸術」という言葉が一般的に使われるようになったのは、西洋思想が輸入された明治以降になってからのことですが、それ以前から「藝能」という独自の観念があり、西洋の「芸術」という概念を受け入れる素地は十分にあったといえます。

「芸術学をやって何の役に立つの?」という人もいます。確かに、芸術学なしでも人は生きていくことができるかもしれません。しかし、それはとても味気ない 人生になってしまうでしょう。私たちは芸術を純粋に味わい楽しみます。また同時に、芸術を通して私たちを取り巻く現実や生きることの意味について考えたり します。このような芸術体験の意義を探求し、社会に伝えてゆくことが、芸術学の役目だといえるでしょう。


芸術学研究室の特徴

学部:神戸大学文学部 人文学科 知識システム講座 芸術学専修課程

大学院:神戸大学大学院人文学研究科 社会動態専攻 知識システム論コース 芸術学(博士課程前期課程・後期課程)

 カリキュラムはそれぞれ別のものになっていますが、他の講座の授業を聴講することもできます。ゼミや論文指導にあたっては、教員一人に学生が数人ですから、 きめの細かい丁寧な指導が受けられるという点で大変恵まれているといえます。授業を通じて教員から様々な知識や研究方法を学ぶのは勿論大切ですが、一番大切なのは学生個々人が、自らが得た知識や、自らが接した具体的な芸術作品から、何をどう感じ取るか、そしてそれをどう表現するかということです。その点に ついては、教員、学生の区別はなく、対等な立場での議論が行われます。


卒業生の進路

新聞、出版、放送、広告、商社、運輸、旅行、金融、保険、建築、製造、教 育、医療などの様々な業種で活躍しています。また、画廊や劇場といった芸術関連の事業などに携わる者や、大学や美術館職員などの教育研究職に就く者も多くなりました。在学中から音楽や美術の創作実践に取り組んでいた人は、その後本格的な活動にはいることも多く、舞踏家や映画やアニメーションの制作者、漫画家もいます。大切なのは、磨き抜かれた感性と、夢を持続させる志です。


教員紹介

教授 長坂 一郎 Ichiro NAGASAKA

2020年度から神戸大学文学部芸術学研究室に加わることになりました。もともとの専門は建築学。その後、建築設計事務所での実務を経て機械工学で学位をとり、心理学の分野で教員となり、このたび芸術学に参りました。さまざまな領域を渡り歩いてきましたが、そのどの領域においても一貫して「デザイン」という行為について理論・実践の両面から考えてきました。

出発点が建築だったということもあり、個人的には芸術とデザイン(設計)をことさら区別する必要を感じませんが、歴史的には芸術とデザインはある種の緊張関係にあったことも事実なのでしょう。また、美学・芸術学には長い歴史があるのに対して、デザインについて学問的に論じられるようになったのは比較的最近のことです。そうしたこともあり、芸術学研究室に加わってから美学・芸術学の学問的な蓄積の豊かさに圧倒される日々を過ごしています。ただ一方で、芸術学に対して、デザインの側から貢献できる部分も少なからずあるのではとも感じ始めています。まだまだ、芸術学研究室に貢献することよりも学ぶことの方が多い段階ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

さて、芸術学研究室に移動すると同時に研究科長にも選出されてしまい、自由になる時間が極端に限られてしまいました。それ以前には、そろそろ次の本を出そうと考えており、準備も進めていたのですが、コロナ禍の影響もあり、残念ながらそれらに関わる時間を全く失ってしまっています。来年度からは事態が改善され、芸術やデザインをもたらすものは何なのか、研究室のみなさんと共に考える時間を増やせたらと切に願っています。

著書:國部克彦、玉置久、菊池誠編『価値創造の考え方』(第5章「満足をデザインする創造力」、pp.124-148 担当)、日本評論社、2021.

口頭発表:「デザイン行為における使用と変化と価値」、第43回情報・システム・利用・技術シンポジウム、日本建築学会、於建築会館, 12月12日, 2020.

教授 大橋 完太郎 Kantaro OHASHI

研究領域:フランス思想、表象文化論、芸術学

最近の中心テーマ:非人間的なものの哲学・美学、近代西洋における他者の表象とその政治(怪物・奇形、自然史(博物学)と植民、演劇における身体と共同体など)

メッセージ:「芸術 art」という概念を、美的なものや表象の形成に関わる人間活動の全射程を示すものとして考えたい。狭義の芸術活動や作品についても、その理解を既存の学 問的文脈にとどめず、人間のポテンシャルを表すものとしての広い意義を問うてみたい。そのようにして芸術の人類史的意義を考えていくことで、人類が芸術に基礎付けられていることさえ示せるかもしれません。自分の感性を導き手にして世界の謎に迫ろうとする人たちが、ともに勉強するために集う場を作りたいと思っています。

著書:『ディドロの唯物論 群れと変容の思想』(法政大学出版局、2011年)。

共訳:カンタン・メイヤスー『有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論』(人文書院、2016年)。ヴィクトル・I・ストイキッツァ『絵画をいかに味わうか』(岡田温司監修、平凡社、2010年)。

講師 小寺 里枝 Rie KODERA

 はじめまして。2022 年10月から芸術学研究室にやってきました、小寺里枝です。いまだ右往左往している日々ですが、夕焼けに染まる山や海、きらきらの夜景に癒され、神戸大学に勤務できるしあわせを噛みしめています。これからどうぞ、よろしくお願いします。

 美学と美術史学の勉強から出発して、博士論文まではおもに20世紀前半のフランスにおける芸術・思想の絡まり合いを考察してきました。フランスに限らず、前世紀からの急速な技術(technology)の発展とともに各地で社会的・政治的な激震が生じた20世紀前半とは、人々の生が、世界観が、大きく揺らいだ時代です。ルネサンス以降の西洋で徐々にかたちづくられ、一定の価値を有するようになっていった「芸術(art)」という概念も、この時期に根本から問い直されることになりました。科学的(scientific)な研究の数々——美学や美術史学も、もちろんここに含まれます——が「学問(discipline)」としての固有の領域を形成していったのも、この時代です。「芸術とは何か」、「知性的なもの(intelligible)とは」、「感性的なもの(sensible)とは」——。答えのないこれらの問いを、芸術学研究室のみなさんと一緒に考えていきたいと思っています。

業績:KODERA Rie, « Matérialité, Imagination, Image : Repenser la relation entre Jean Dubuffet et Gaston Bachelard à travers leurs pensées sur l’art », BIGAKU(The Japanese Journal of Aesthetics in Western Language), No. 26, pp. 17-25.


大学院生


博士課程後期課程

西橋卓也:映画研究、とくにアメリカ映画における人種表象

林玲穂:観光経験と美学/芸術学の関係性

吉水佑奈:演劇/アントナン・アルトー研究

渡邊大樹:写真論、写真行為論研究

瀬古知世:比較芸術学(映画と文学)

八坂隆広:ホラー映画の美学・心理学的研究

中田帆波:デカルトからの美学


博士課程前期課程

石田七海:身体における美的判断

伊藤和音:演劇論

片岡恵梨:バロックの哲学